<第三号/2001.1.19>


細川綾子さんを知っていますか?

23年前の一枚

いま、私の手元に一枚のアナログLPがあります。

タイトルは「NO TEARS〜涙涸れても」。

アーティスト名は、「細川綾子ウィズ今田勝カルテット」です。

パーソネルは、細川綾子(vo)、今田勝(pf)、古野光昭(b)、小原哲次郎(ds)、今村祐司(perc)。録音は1977年12月27日・28日。78年発売。

曲目は人気パーカッション奏者、ラルフ・マクドナルドのナンバー「NO TEARS」「I WATED IT TOO」を中心に、ロジャース&ハートの「魅惑されて(BEWITCHED )」、ホーギー・カーマイケルの「我が心のジョージア」、デューク・エリントンの「あかりが見えた(I'M BEGINNING TO SEE THE LIGHT)」などのスタンダードナンバーで構成された8曲です。

これは私が大学3年のころ、大学生協のバーゲンで購入したものですが、以後20数年間、ずっと愛聴盤として私のそばにありました。

発売元はスリーブラインドマイス・レコード。

1970年6月設立、日本初の本格的ジャズ専門レーベルとして脚光を浴びた、独立系レコード会社です。

マザーグ−スの童謡から社名をとったこのレーベルは、妥協をゆるさぬハイクォリティの音作り(録音技術も含めて)で定評があり、幾多の和製メインストリーム・ジャズの名盤を世に送り続けてきました。

たとえば、高橋達也と東京ユニオン「北欧組曲」、宮間利之とニュー・ハード「テイク・ジ・A・トレイン」、今田勝カルテット「ナウ」、日野晧正クインテット「ライヴ!」、 ジョージ川口とビッグ4「ザ・ビッグ4」、三木敏悟とインナー・ギャラクシー・オーケストラ「海の誘い」、などなどです。

しかしある時期から、パタッとその名を聞かなくなり、新譜も出なくなりました。

ジャズという音楽が年を追うごとに、限られたリスナーのための、マニアックな音楽へと変っていったことが、このレーベルにとっても向い風となったのは間違いありません。

しかし、ジャズ冬の時代を迎えた現在も、スリーブラインドマイス・レコードは形を変えて、ちゃんと存続しています。

新作のリリースこそ殆どありませんが、過去の名作をリイッシュ−、リマスターして、地道な販売活動を続けています。インターネットでの直販にも力を入れています。

その「スリーブラインドマイス」が擁する実力派アーティストのなかでも、私がもっともお薦めしたい歌手、それが細川綾子さんなのです。

知られざる大ベテラン

このHPをごらんになっている皆さんも、「細川綾子? 知らないなあ〜」という方がおそらく大半だと思います。

しかし実は、ほとんどの方々が彼女の歌声を、無意識のうちに聴いているはずなのです。

「ダイナース・クラブ」のCFソング「イッツ・マジック」。

これは、サミ−・カーン=ジュール・スタインのコンビによるスタンダード・ナンバーです。

このスウィンギーなメロディを、高らかな歌声で聴かせてくれるシンガーが、細川綾子さんその人なのです。

彼女は、実はものすごいキャリアの持ち主です。

東京都出身、はやくも14歳で、いまは亡き作曲家浜口庫之助さんに師事し、在日米軍キャンプでプロ歌手として活動を始めたということです。

1956年にコロムビア・レコードより「チェリー・ピンク・マンボ」でレコード・デビューしています。いわゆる和製ポップス、カタカナ・ポップスの歌手として。

61年には渡米。サンフランシスコを中心にさまざまなステージで歌い、その実力が高く評価されました。

以来、レコードの数こそさほど多くはないものの、アメリカ、ヨーロッパ、中近東、南米等々、海外でも公演。

つねにライブハウスの第一線で歌い続け、しかも、いまでもバリバリの現役です。

お年は、キャリアから察するに、60才前後でしょう。

このキャリアに匹敵する現役ベテラン歌手は、たとえば現在の紅白出場歌手中、(安田姉妹を除いて)ひとりもいません。

都会派の歌声

現在細川さんは、アメリカ人男性と結婚され、サンフランシスコ郊外に住んでおられるということですので、日本に戻られるのは年に2回ぐらいだそうです。

でも、毎年10月に開かれる「神戸ジャズストリート」をはじめとする、いくつかのジャズ・イベントには必ず出演されるなど、ライブ活動は着実に続けておられます。

「銀座スウィングシティ」をはじめとする、都内のライブハウスにもたまに出演されるとのことです。

彼女の歌の特徴は、まずその明るく高めの声質にあるでしょう。

わかりやすくたとえていうなら、雪村いづみ系とでもいいましょうか。(もちろん、雪村さんより段違いに上手いのですが…。)

多くの女性ジャズ歌手が、ドスをきかせたアルト系であるのに対して、ポップスも歌える嫌味のないソプラノ系の声、これが彼女の最大の武器だと言えるでしょう。

それから、お年を召された(失礼!)女性ジャズ歌手のほとんどが、ロングドレスに身をつつんだビッグ・ママ的体型をされているのですが、細川さんは対照的にいつもスリムで、髪もかなりショートで活動的、小粋にスーツを着こなしていらっしゃいます。

クラブ・シンガー的なもったりした妖艶さではなく、昼間はタイピストでもしていそうな、あか抜けたキャリア・ウーマン的イメージ。

実際、一時はOLとして会社勤めをされていた時期もあったようです。

同様に、彼女の歌いぶりも、思い入れどっぷりなものというよりは、歯切れのいい発声の都会的で洒脱、溌剌としたスタイル。

つまり、「SOPHISTICATED LADY」とは彼女のためにあるような言葉なのです。

私も過去に彼女のライブを観にいったことがあります。

今から約10年前、まだ日本に住んでいらして、六本木のライブハウス「バードランド」に、大隅寿男トリオとともにレギュラー出演されていたころの細川さんを聴きにいきました。

当時、彼女は50才になったくらいでしたか。

最前列に座ってしまった私は、目の前で細川さんが私ひとりのためにラブソングを歌ってくれているように感じて、妙にドキドキしていたという記憶があります。

決してお客となれあわず、どこかシャイな雰囲気があり、この世界に長くいるのにスレた感じがまるでありませんでした。

いくつになっても、少女のようなチャーミングさを失わない方だなと感じました。

皆さんも、ぜひ一度、彼女の歌声に耳を傾けていただきたいと思います。

本領はラブソング

はじめて聴く一枚として最適なのが、スリーブラインドマイス・レコードから出ている「ワールド・オブ・ラヴ」(FIM-CD-001、3,500円)です。

これはいわば、細川綾子@TBMのベスト・コンピレーション。1977年発表のアルバム「 MR.WONDERFUL 」以降、最近までのレコーディングからのセレクションです。

「XRCD2」という最新の高音質CDで、彼女のベストな歌唱が楽しめます。

バックは宮間利之とニューハード、ティー・カーソン・トリオ、今田勝カルテット、横内章次、西条孝之介、山本剛トリオほか、内外のトップ・ミュージシャン達。

収録曲はヘイ・ゼア、愚かなりし我が心、リル・ガール・ブルー、トゥー・ヤング、ミスティ、サムワン・ザット・アイ・ユースド・トゥ・ラヴ、魅惑されて、明日に架ける橋、素顔のままで、ティアーズ・イン・ヘブン、我が心のジョージア、ホエン・ユー・スマイル、二人でお茶を、の13曲。おなじみのジャズ/ポップスのスタンダードばかりですので、聴きやすい一枚です。

時にはささやくように、ときには豊かな声量で、バラードやスウィング・ナンバーを歌いこなす細川さん。

これぞヴォーカルの醍醐味!といわせてくれる一枚です。

もちろん、私の20数年来の愛聴盤「NO TEARS」もCDにて再発売されていますので、こちらもぜひどうぞ(TBM-CD-5005、2,700円)。

なお、スリーブラインドマイス・レコードのホームページでは、彼女の歌声をRealPlayerで試聴することができます。ぜひ、一度アクセスしてみてください。

Three Blind Mice

(問合せ先:TBMレコード(株)〒231 横浜市中区竹之丸132-11 Tel.045-671-9085・Fax. 045-671-9087)

最後におまけとして、最近の細川さんのステージ・エピソードです。

ステージが終盤に近づいてくると、彼女はいつも「夜もふけてまいりました。私もふけてまいりました…。」といって客席をなごませるんだそうです。

彼女のチャーミングなキャラクターを見事に教えてくれるエピソードだと思いませんか?

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