不定期日記


気が向いた時にだけ書く日記です。

2009年5月2日(土)

海のむこうからの便り

こういうサイトをやっていると、日本語の記事しかないにもかかわらず、たまに海外のブルースサイトからメールをもらったりします。

今日は、そんな便りを一件紹介したいと思います。

件名:Blues Band from Madrid

日時:2009年04月28日 03:11:02

Hello,

I write you to show the blues band where I play and with every people enjoy. Its name: The Forty Nighters.

We come from Madrid and we're ready to play in your town. You find us in myspace and in our official web where you can hear us and read about blues.

Blues for everyone and best regards,

Hector Martinez Gonzalez

スペインの首都、マドリッドで活動を続ける「The Forty Nighters」のハーピスト、ヘクトール・マルチネス・ゴンザレスさんからの、バンド紹介でした。

ブルースとあまり縁のなさそうなスペイン語圏の国にも、熱心なブルースマニアがいることがよくわかります。

ヒューバート・サムリン師も以前、アルゼンチンのブルース・ミュージシャンと共演していましたし、やっぱりブルースは世界の共通言語なんですね。

2003年9月13日(土)

新デジカメ購入

ここ一週間ばかり、新しいデジカメを買うため、あちこちのショップを見て回っていました。

これまで筆者はカシオのQV−10を使っていたのですが、フラッシュが付いていないため、非常に不便を感じていたのです。

画質的にはWEB専用なので、QV−10くらいのレベルでもさほど不満はないのですが、室内では何も撮れないというのは、なにかと不如意です。

そこで、いわゆるトイ・カメラのたぐいでもいいので、低価格で軽量なフラッシュ付きのデジカメを探してみました。

ところが、そういうのが意外に店に置いていないのです。

1、2年前まではトイ・カメラもさまざまな機種が発売されていたのですが、最近は、デジカメとはいえある程度の性能をもった中価格帯の商品を買うお客が多く、トイカメラが予想ほどには売れなかったってことなんでしょうね。

デジカメ業界ではパイオニアのひとりとも言えるカシオ計算機でも、2年前にフラッシュ付きの超小型デジカメ、LV−10を発売し(実勢価格約1万円)、その後、その後継機種としてLV−20も出しているのですが、現在はいずれも生産中止状態だそうで。

となると、それらよりかなり価格的に上の、2万円台のモデルを買うしかないのかなと思っていたら、自宅の近くのPCショップにLV−20が2台だけ置いてあるのを発見しました。

生産中止とはいえ、わずかながら在庫があったのですな。

値段は税抜で7970円。1万円未満なら、たとえ性能に若干不満があったとしても、また買い直せばいいやと思い、購入することにしました。

さっそく電池を入れて持ってみたのですが、実に軽いです。本体のみだと、なんと83グラム。

ショート・サイズのタバコの箱くらいの大きさで、手のひらにすっぽりおさまります。

これで最大120枚まで一度に撮影できるとは、なかなか頼もしい。

PCとのインターフェースはUSBケーブルで。

専用のビューワー・ソフトをPC側にインストールすれば、ケーブルをつないだだけで、即画像が見られる仕組みです。ダウンロードも一瞬でOK。

このへん、これまでのQV−10よりはずっと使い勝手がいいです。

QV−10と違って、液晶モニタがないので、撮って即チェックとはいきませんが、まあそのへんは、枚数を少し多めに撮ることでカヴァー出来るのではないかな。

今後は、これを使って、これまで載せられなかった画像も、どんどんこのHPに追加していけそう。

さっそく、うちの「しるこ」を撮って、「きょうのしるこ」にもアップしましたので、ぜひご覧ください。

2003年8月29日(土)

ビバ!セッション

今日はりっきーさんのお誘いで、いつもの公開セッションとは別の、クローズド・セッションに参加してきた。

場所は、寿家さんにもほど近い、東向島「BEAT WAVE studio」。(京成線曳舟駅より徒歩1分)。

夕方6時に寿家さんに集合、まずは景気付けに乾杯する。

参加メンバーは、筆者のほか、りっきーさん・おゆうさんご夫妻、長野耕仁さん・紋子さんご夫妻、十字屋さん・雪乃さんご夫妻、そして木村さん・中澤さんのカップル、計9名。

筆者を除けば、全員カップルにての参加なので、まあ肩身の狭いこと(笑)。ま、そんなことはどうでもいいが。

8時過ぎにおゆうさんの運転する、寿家さんのワゴン一台にて(9名全員!)移動。

さっそく、スタジオに入ってみれば、これがまた小じんまりとしたスペース。なんと8畳!

9名が入るにはちょっときびしいものがあったが、そこはなんとか気合いでクリア。

まずは十字屋さん、りっきーさん、筆者がギター、紋子さんがベース、長野さんがドラムス、あとの方々はパーカッション等という編成でスタート。

ヴォーカルはもっぱら筆者。で、たまにりっきーさんが一曲という感じで進める。

十字屋さんはスタジオに入るのが十年ぶりということで、「果たしてうまくいきますでしょうか…」などとスタート前におっしゃってましたが、なんのなんの。

愛用のストラトから繰り出すのは、とても十年のブランクを感じさせない、堂に入ったプレイ。ときおりはさむオブリのフレーズも、なかなかセンスがいい。

もちろん、りっきーさんも負けてはならじと、愛器レッド・サドウスキーを絶妙に泣かせてくれる。

筆者も彼らに触発され、結構ソロを弾きまくってしまった。

長野さんが休憩に入り、お次はりっきーさんがドラムスを担当。

前回の公開セッションでも演奏した「ストーン・フリー」をおゆうさんのリード・ヴォーカルでやったり、CCRの「雨を見たかい」を筆者が歌ったりなどなど、ロックな曲にも挑戦してみる。

十字屋さんにもリクエストをしてもらい、オールマンズの「ステイツボロー・ブルース」も演奏。スライド・ギターはもちろん、長野さん。

そんな感じで、ドラムスを交代で担当しつつ演奏しているうちに、三時間はあっという間にたってしまう。

最後は例によって、「モジョ・ワーキン」。皆さんのコーラスをバックに、筆者も絶叫しまくる。あ〜ぎもぢえがっだ(笑)。

いつもの公開セッションに比べると、ごくごく内輪の人間でやったこともあってか、実にリラックスして演奏できたように思う。

この「東向島セッション」、機会があればぜひまたやりましょうと、全員で誓ってお開きになったのでありました。

2002年6月9日(日)

「アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル」観賞記

今日は、以前えびさんからアメリカ土産としていただいた、貴重なビデオを観ての感想を書くことにしたい。

タイトルは「アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル」。

1964年から65年にかけて、ドイツのテレビ局がシカゴにロケして撮影し、ドイツでオンエアされたもので、かなりレアな映像といえそうだ。

その本編の前に、T・ボーン・ウォーカーの貴重なライブ映像もダビングされていたので、まずはこちらから。

年代は不明。広めのステージに、おなじみのフルアコをかかえたT・ボーンが登場、3曲ほどを聴かせてくれる。

ギターストラップをヘッドストックに巻きつけ、ギターをほとんど水平に構えて弾くそのスタイルが、やたらとイカしている。もちろん、そのダンディでクールな歌も最高。

ラストには十八番「ストーミー・マンデイ」も聴かせてくれた。洗練されたサウンドは、今聴いても実に新鮮であった。

T・ボーン・ウォーカーのステージ

さて、いよいよ「アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル」の本編。

トップ・バッターはサニーボーイ・ウィリアムスンII。ベレー帽をかぶり、ひとりハーモニカで「バイ・バイ・バード」を吹きかつ歌いながらの登場。

スタジオのセットも、シカゴのゲットーの街並みやブルースクラブなどを模したもので、番組の雰囲気を大いに高めている。あるいは本当の風景も含まれているのかも知れない。

さてドイツ人アナウンサーが司会として登場、ドイツ語でナレーションをする。

ブルースクラブ風のセットに揃ったのは、サニーボーイとそのバックバンドの面々。

ピアノのサニーランド・スリム、ギターのヒューバート・サムリン、ベースのウィリー・ディクスン、ドラムスのクリフトン・ジェイムズという、おなじみのプレイヤーたちだ。

このメンバーで、サニーボーイの「マイ・ヤンガー・デイズ」を演奏。息の合ったところを見せてくれる。

また、ピアノのサニーランドもシブめのヴォーカルを披露してくれる。

サニーボーイ・ウィリアムスン

若き日のヒューバート・サムリン

ピアノのサニーランド・スリム

さて、お次はベースでも活躍した、シカゴブルースの顔役、ウィリー・ディクスンがソロで登場。

彼は珍しく、アコギをボロンボロンと弾きながら歌ってくれる。曲名はよくわからなかったが、ブルースというより、さらにプリミティヴな黒人霊歌のような曲だ。哀感あふれるメロディを、太いドラ声で切々と歌う。

なんとも絵になるシーンだ。

弾き語りをするウィリー・ディクスン

続いては、スリーピー・ジョン・エスティス(G,Vo)、ハミー・ニクスン(Hca)のコンビが登場。日本での第1回ブルース・フェスティヴァルにも出演した、ベテラン・プレイヤーたちである。

盲目のエスティスは長らく不遇で、62年、63才のときに白人のブルース研究家に「再発見」されたという、文字通りの「リビング・レジェンド」。

でも過去の不幸を乗り越えて力強く演奏するさまには、ジーンと来るものがある。

ここでは2曲を演奏。後半ではジョン・ヘンリー・バービー(G,Vo)も参加する。

スリーピー・ジョン・エスティス(左)とハミー・ニクスン(右)

さて、次に登場するのは、ライトニン・ホプキンス。トレードマークのグラサンをかけ、面構えからして強烈な印象を漂わせるひとである。

彼はアコギにピックアップをつけて、かの「モジョ・ハンド」を演奏。

彼のステージは、とにかくスゴいインパクトがある。これぞ、ブルースマン!と叫びたくなる。

強烈な印象を残したライトニン・ホプキンス

さて、今度は女性シンガーも登場。メイ・マーサーである。

彼女はほとんど日本では知られていないが、なかなかの実力派。

端正な顔立ちに、長身でがっちりとした体格。日本でいえば和田アキ子か!?

男まさりの太く豪快な歌声にからむは、サニーボーイのハープ。

彼女もまた、存在そのものがブルース・ウーマンという印象であった。

紅一点のシンガー、メイ・マーサー

さて、今回えびさんから頂戴したテープには、「アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル」の番組2回分がダビングされていたのだが、1回目のトリをつとめたのが、かのハウリン・ウルフだ。

彼の代表的ナンバー「シェイク・フォー・ミー」など3曲を熱唱。

彼のヴィジュアルも、ライトニンとヒケをとらないくらい、強烈。

あの大きな顔、大きな体、そして強力無比のダミ声。

その存在感に圧倒されないひとは、まずいまい。

彼のパフォーマンスに接して、ブルースマンはやはり、その見てくれが、その音楽をも語るのだという強い実感を持った。

いや、スゴい!

熱演するハウリン・ウルフ

さて、2回目は、ユニークなブルースマン、J・B・ルノアーから。

白人ブルースマン、ジョン・メイオールも崇拝していたという彼は、いかにも人の良さそうな感じのルックス。

まずはアコギで弾き語り。2曲目は、ドラムスにフレッド・ビロウを迎えて「アラバマ・ブルース」を。

独特のハイ・トーンのヴォーカルが、出演した数多くのブルースマンの中でも異彩を放っていた。

J・B・ルノアー

続いて登場した大柄で眼光鋭い男は、ビッグ・ウォルターこと、シェイキー・ホートン。

もちろん得意のハープで、迫力あるプレイを聴かせてくれた。

あの細かな縮緬ヴィブラートが、実にカッコいいのである。

ビッグ・ウォルター

続くは、先日も「一日一枚」で紹介したピアニスト/シンガー、エディ・ボイド。

おなじみの大ヒット「ファイヴ・ロング・イヤーズ」をここでは演奏。バックには、さきほどのフレッド・ビロウほか、ギターでバディ・ガイも参加している。

あのメランコリックで重いヴォーカルは、苦労人エディならではの味わいがあった。

エディ・ボイドとそのバンド

さてお次は、生粋のシカゴ・ブルースマン、ジミー・リー・ロビンソンが眼鏡をかけて登場。「ロンサム・ジミー・リー」と紹介される。

今回はひとり、ギブソンのアコギを弾きつつ歌う。彼もまた、ボイド同様、ハデな個性はないが、曲をかみしめるように歌う実直なシンガー。

その真摯な姿勢には、心を打つものがある。やはり、ブルースとは、歌い手の人間性がそのままにじみ出るものなのだ。

なお、彼は最近、拳銃自殺をしたという。実にその死が惜しまれるね。

(付記・当初、「ジミー・リード」と紹介してしまいましたが、「ジミー・リー」の誤りでした。すみません。間違いをお教えいただきました江戸川スリムさん、どうもありがとうございます。)

ソロで歌うロンサム・ジミー・リー

さらに登場するのは、「ワン・マン・バンド」の代表選手、ドクター・ロス。

アコギ、ハモニカ、ドラムスを同時に演奏し、かつ歌うという驚異的な技を難なく披露してくれる。

ブルースマンらしからぬ、飄々とした風貌も、なかなかいい味を出していた。

とにかく器用なドクター・ロス

そしてミシシッピー・フレッド・マクダウェルが登場。彼もベテランのカントリー・ブルース系シンガー。

このときはドレスアップしているが、いつもは農作業のような格好をして、弾き語りをしていそうな、シブいおじさんタイプ。

でもそういう質実剛健ふうのところが、彼のよさでもある。そのしゃがれ声に「人生」、そして「ブルース」を感じるな〜。

なんともシブいミシシッピー・フレッド・マクダウェル

次もなかなかイカしたチャンジーが続く。大べテランのピアニスト/シンガー、ルーズベルト・サイクスだ。

SKUNK Cさんいわく「故吉田茂元首相にクリソツ」な顔立ちとのことだが、なるほど、愛嬌のある「ボス顔」だ。

彼はピアノを弾きつつ歌ってくれる。彼にも、年齢を重ねたシンガーにして初めて出せる「味」を感じた。

ルーズベルト・サイクス

まだまだ大物が登場するのが、この番組のスゴいところだ。先年亡くなったジョン・リー・フッカーも登場。

彼の面魂がまた、ブルースそのもの。声も実にエグくていい!

彼も多くのシンガーと同じように、アコギの弾き語りスタイル。バンド・スタイルよりも、こちらのほうがなじむというブルースマンが意外に多いのかも知れない。

ジョン・リー・フッカー

さて、年長組が続いたところで、最若手のイキのいいのが登場。

エディ・ボイドのバックにも顔を見せていた、バディ・ガイである。

当時彼はなんとまだ30前。体つきも実にスリムで、もう体が動く動く。

ここでは、彼が敬愛するジェイムズ・ブラウンのナンバー、「アウト・オブ・サイト」をカバー。

そのド迫力のヴォーカル、テンションの高いギター・プレイ、もう、ブルースの枠を飛び出して「ファンキー」の一言。

すでにブルース・サークルの中では相当「浮いた」特異なる存在であったことが、よく確認できた(笑)。でも、カッコいいことには違いない。

現在の彼の「原点」とでもいうべき「ハッスル・プレイ」でありました。

若い!バディ・ガイ

さあ、番組もいよいよ終盤に近づいた。バディのステージにふらりと現れたのは、バディの体重の2倍はあろうかという堂々たる体躯のビッグ・ママ・ソーントン。

そう、かのエルヴィスのヒット「ハウンド・ドッグ」のオリジネイターたる女性シンガーである。

もちろんそのヒット「ハウンド・ドッグ」を、豪快な歌声で熱唱してくれる。

声もボディもでかいビッグ・ママ・ソーントン

最後は、これまでの出演者が一堂に会してのハモニカ・セッション。

曲は「ダウンホーム・シェイクダウン」なるブルース・ナンバー。

ビッグ・ママを先頭に、ビッグ・ウォルター、J・B・ルノアー、ドクター・ロス、ジョン・リー・フッカーが、それぞれのスタイルで吹きまくる。

一番達者なのは、もちろんハープを表看板にしている、ビッグ・ウォルターだが、もちろん、ロスやルノアーら、他のひとたちもなかなかうまい。ビッグ・ママもさすがの肺活量で難なくブロー。

一番テキトーだったのは、ジョン・リーだったかな(笑)。でも彼も、「キャラ」と「味」でカバーといったところだ。

これを観て、「やはり、ブルースマンたるもの、ハープのひとつも吹けんでどうする」と思ってしまった。ワタシもこれから本格的に始めようかな?

盛り上がりのうちにこの回も終了。実に楽しい内容であった。

締め括りのブローイング・セッション

とにかく、今思えば豪華このうえないラインナップで、ブルースの醍醐味をじっくりと楽しめるプログラム。

何度観ても、いろんな発見があってあきない。ブルースを研究する者、演奏しようとする者にとっては、格好の教材でもある。

えびさん、素晴らしいお土産をどうもありがとうございました!

2001年11月28日(水)

なんとまあ、8か月(+22日)ぶりの「不定期日記」である。その怠惰ぶりには、われながら呆れるわい。ゆるしちくりぃ!

さて、今日は会社の先輩がシークレット・ギグ(てゆーかただの貸切パーティなんすけどね)をやるというので、応援(ひやかし?)に行く。

場所は、先日、畏友ナガノさんが所属するTOKYO KINGがライヴをやった、新宿は抜弁天にあるライヴハウス「LIVE INN PIER」。

後輩のI君(いつものI君とは別のひと)と共に7時ころ店にのっこむと、何人か先にいらしている観客は全員社のひとたち。予想された事態とはいえベタやな〜。

スタッフとして参加しているHさんだけ社外のひと。もっとも、このひとも毎日うちで仕事をしている担当営業さんだから、ほとんど身内。

しばらくの間は、店から供される生ビールをガブガブ飲んで、開演を待つ。

そのうち招待したお客さんが揃ったようで、8時過ぎにライヴがスタート。

「ひとの迷惑かえりみず…」、Hさんの演歌ショーめいた司会の中、怒号と揶揄の喚声につつまれて、今夕の主役「KUZU」のふたりがアコギをかかえて登場。

そのいでたちはと見れば、黒いソフト帽にダークスーツ、黒いグラサンと、いかにもブルブラなスタイル。

もうひとり、エスニックな格好に大仰なあごヒゲをたくわえた(もちろん付けヒゲ)、国籍不明風の怪しげな男、その名も「ムラカ・ミンラディン」氏、彼もベースを携えて登場。

さっそく、裕次郎の「嵐を呼ぶ男」の替え歌「ブルースマンのテーマ(おいらはブルースマン)」を、ステージ下手に座った「チャッキー武捨」氏が歌い始める。憂歌団のナンバーだ。

ううむ、なんと評していいのか。「KUZU」というグループ名からして、相当キテいるな…とは思ったが、予想を裏切らない、ベタな展開だわ。(ちなみにKUZUというグループ名は2年前から名乗っているそうなので、こちらが「本家」だそうな。)

間髪を入れず、二曲目。おう、これも憂歌団の「いやんなった」ではないか。終わると、割れんばかりの拍手。

そしてかの名曲「おそうじオバちゃん」。ふむふむ、なかなかええぞ。さらには憂歌団ヴァージョンの「ファンキー・モンキー・ベイビー」と来たもんだ。

歌のほうはともかくとして、ふたりともギターはなかなかの使い手とみた。とくにリードをとる「ヤマハメイト岩村」氏のテクには、なかなかのものがある。

鮮やかなフィンガリングでのバッキング、そして華麗なソロ・ワーク。ギターを始めて数年なんてガキんちょには到底真似の出来ない、引出しの多さが感じられる。

さて、憂歌団シリーズがひと段落すると、「今日はクラプトン特集をやります」とのMC。

おりしもクラプトンが来日、今日はブドーカンでライヴをやっているようなのだが、大胆にもそれに対抗しようという魂胆らしい(笑)。

まずは「ヘイ・ヘイ」と、シブめの選曲でスタート。ふたりのギター・プレイ、息もピッタリ合って、なかなかカッコよろしい。

続いて、ゲストコーラスとして「YY Girls」のふたりが、ステージに呼び出される。これも実は、会社の女性社員。

日頃カラオケで喉を鍛えている2名を抜擢したようだ。パツキンのヅラに、イケイケのミニスカというコスチューム。う〜む、気合いが入っている。

ちなみに衣装はこの日のために自腹で揃えたという。スゴい入れこみようっす。

彼女たちをバックに従えた「KUZU」が歌うは、おなじみの「ティアーズ・イン・ヘヴン」。ふたりともアコギをクラシック・ギターに持ち替えて、しっとりとした音色を聴かせてくれた。

そして、お次は「YY Girls」がリード・ヴォーカルをとって、「チェンジ・ザ・ワールド」をご披露。

ちょっと打ち合わせ不足だったかな〜と思わせる一幕もあったが、無事終了。「KUZU」よりは、明らかに(笑)盛大な拍手をもらっていた。

ヤマハメイト岩村氏のハープ、そしてYY Girlsのカズーが大ウケの「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」でEC特集が終わると、ショート・ブレイク(トイレ・タイムともゆー)。

今回は彼らにとって、年一回のライヴの三回目だそうだが、去年やったナンバーの中で一番人気だった(といっても2票と1票だが)という、ビートルズ・ナンバーを再演。

「プリーズ・プリーズ・ミー」と「抱きしめたい」である。

さらにビートルズ・ナンバーをもう一曲。「ゲット・バック」を演奏。

もう節操なく、受けそうなものは何でもやってしまおうというワケだ。いいな、このノリ。アマチュアは、こうでなくちゃ。

さて、ここでこのライヴのプロデューサー(要するにタニマチ)、ツルヤ氏が登場、「皆さん、これからほんものの歌い手が歌いますから」と「KUZU」を前座扱いして、本日のスペシャル・ゲストを紹介。

新宿歌舞伎町のシブ〜い酒場「かんな亭」のママ、黒田裕子サンが登場。「KUZU」をバックに、その見事な美声で「悲しき片思い」「遥かなる影」の2曲をご披露。

酔っぱらい、乱暴者ぞろいの聴衆もこの間だけは、シ〜ンとして、その歌声に聴き惚れたのであった。

さて、またまた「KUZU」の歌に戻る。やりたい曲をなんでもやってしまえとばかり、まずは70年代フォークにうるさいヤマハメイト岩村氏が、愛唱歌「アイスクリーム」(高田渡氏のナンバー)をご披露。

さらには、チャッキー氏が歌いはじめたのは、彼のチョイスで「愛する君に」。知る人ぞ知る、ゴールデンカップスの隠れた名曲だ。

「し…、シブい!」、思わずヲタクな筆者も唸ってしまったぜ。

そして、ラストは意表をついた選曲で「ラ・バンバ」。ラテンなビートに、聴衆も思わずノリノリ。

「煙が目にしみる」を歌いつつ、退場…かと思いきや、すぐさま、アンコールの嵐。(打合せ通りの展開。)

彼らの十八番とおぼしき「勝手にシンドバッド」で場内はさらにオーヴァーヒート、1時間を超える、盛り沢山のステージはついに終了となった。

いやあ、50間近のオッサンたちもこんなにがんばっておられる。年下の筆者もまだまだ枯れるわけにはいかない。体力をつけて、来年は負けじとライヴするぞ!!

2001年3月6日(火)

最近、「アーバン・ブルース(Urban Blues)」という本を読んだ。

著者はチャールズ・カイルというアメリカの民族音楽学者(白人)で、彼がシカゴ大学の院生であった1966年に書かれたもの。

日本では68年に「都市の黒人ブルース」という書名で、相倉久人氏の監訳により音楽之友社から初めて刊行されている。しかし、長らく絶版の状態であったという。

この「アーバン・ブルース」は、北川純子氏の監訳、浜邦彦・高橋明史両氏の訳により昨年9月に発行された新訳版。実に32年ぶりの新訳ということになる。

で、私としてはこれを機に初めて読んでみたのだが、実に内容の「濃い」一冊であった。

この本の画期性をひとことでいうと、「白人の学者がゲットーに入り込んで、実際にブルースクラブを取材、ブルースマン本人にもインタビューして書かれた初めての本」であるということだ。

というと、ブルース好きなかたなら、思い出されるエピソードがひとつあるだろう。

そう、ポール・バターフィールドの逸話である。

カイルと同様白人であるバターフィールドもまた、彼とほぼ時を同じくしてゲットーとの境界を突破し、じかに黒人ブルースの世界に触れたのであった。

バンド仲間であったエルヴィン・ビショップの証言によれば、バターフィールドは何日も境界付近をうろうろしたあげく、ついにある日、意を決してゲットーに足を踏み入れたという。

それ以後、黒人ブルースマン直伝でハープを体得したバターフィールドは、白人ブルースマンの雄として大いに名をあげたというわけである。

カイルもまた、白人にとっては未知の世界であるゲットーに果敢に入り込み、カントリー・ブルースと違って当時ほとんど非黒人には知られていなかった「都市部のブルース」の実態をレポートしている。

それが、B.B.キングのインタビューであり、ボビー・ブランドのライブ・レポートである。

エリック・クラプトンと共演したりして、世界的にメジャーとなった現在のB.B.からは想像もつかないかも知れないが、66年当時は御大B.B.でさえ、非黒人にはほとんどその名も、音楽も知られていなかったのである。

ボビー・ブランドに至っては、いうまでもない。

彼らが、チトリン・サーキットとよばれる、黒人社会独自の地方巡業システムにしか登場しなかったためであるが、カイルはこれを初めて白人社会に知らしめたのだ。

66年にこの本が出版される一方で、バターフィールドやメイオール、クラプトンら白人ロック・ミュージシャンたちがこぞって黒人ブルースの曲をカバーすることで、B.B.たちの存在が急速に非黒人にも知られるようになってきた。

その後、マディやウルフら、白人ロックとより積極的に交流を持つブルースマンも登場、ブルースは一大ブームを迎える。

本書はまさに、「歴史的転換点」となった一冊なのである。

400ページを越えるボリューム、民俗学、音楽学的な高度な分析・考察も含んだ一冊ゆえに、一気に通読するのはけっこうホネだが、自分の好きなブルースマンを索引で調べて、まずはその箇所から拾い読みしていっても、けっこう楽しめる。

多くの方々にとってやはり興味深いのは、B.B.のインタビューであろう。

超多忙な中、カイルの質問に友好的に応じてくれた彼の発言は、なかなか含蓄に富んでいる。

たとえば、「あなたにとって、自分を向上させるということは、かなり重要なようですね」という問いに対する答え。

「ふつうブルース歌手っていうのは、みんなに馬鹿だと思われてますけど、僕はそういう考えを彼らの頭の中から追っ払って、ものごとをきちんとしたいんです。

ひとがブルースを卑しめているのを耳にすると、本当にまいってしまいます。ブルースは、僕たちにとって大きなもの―誇るべきものですよ」

きちんとタイド・アップして登場、みごとに上質のショーとして構成されたステージを繰り広げる、B.Bならではの発言ではないだろうか。

このほか、B.B.流ステージの盛り上げ方といった、ミュージシャンならプロ・アマを問わず非常に参考になる発言がいろいろとある。

いわゆる学術書、論文の域を超えて、上質のエンタテインメントにもなっている一冊。

ブルース、さらにはポピュラー・ミュージックの本質を知る上でも格好のテキストだ。

興味を持たれたかたは、ぜひ書店で実物を確かめてみて欲しい。(ブルース・インターアクションズ刊・¥3,465(税込))

2001年1月25日(木)

群ようこさんの新刊小説、『都立桃耳高校−放課後ハードロック!篇−』(新潮文庫書き下ろし)を読んでみた。

これが、なかなかいいカンジだ。

このページをお読みになっている皆さんは、何年前に高校生時代を過ごされたであろうか?

作者群ようこさんは、今から約31年前に、とある都立高校に入学された。

その頃の学園生活を、若干のフィクションも織りまぜながらも、ほぼ忠実に再現したのがこの作品であるといってよいだろう。

主人公は、群さんの等身大の分身といえそうな、タヤマシゲミという小柄でやや太めの一高校生。

彼女が、学校群制度のためたまたま入学することになったのが、桃耳高校という、勉強はいまイチだが校風はオープンで、男女交際も自由、「楽園」のような高校であった。

おそらくは都立鷺宮高校をモデルにしたのであろうが、そこで繰り広げられる、生徒たちのさまざまな出来事、爆笑をさそう珍事件の数々が、群さん一流の気負いのない、読みやすい文章で綴られている。

とにかく、変な格好つけは一切なし、女子高校生の「ありのままの生活」「ありのままの意見」がそこに描かれている。

この作品ではそれがいかにも造作なく書かれているように見えるが、これは多くの作家にとって、簡単なようでいて、結構難しい作業ではないかと思う。

というのは、さまざまなヒット作を持つ群さんくらいになれば、世間的には名前も通った「プロの作家」である。

それが、高校時代の、モテない、どこといって取柄のない自分を、そのままさらけだし、その当時の自分が考えていた、益体もない、愚にもつかない考えをそのまま披瀝する。

これは、よほどの度量のひとでないことには、恥ずかしくてとても出来ないことではないかと思う。

私の知る限りでは、そういうことがきちんと出来る作家は、女性では群さんぐらいしか思いつかない。

かつての林真理子さんもそういうことが出来る作家だったが、さすがに直木賞を受賞したあたりから、「おすましマリちゃん」に次第に変わっていき、かつては自ら笑いのネタとしていた、過去の自分も少しずつ美化する方向に進んでいるように見える。

ところが、群さんは、読者がシゲミ=群さん本人だと解釈するであろうことを十分承知した上で、けっこう情けない、恥ずかしいシゲミ像を遠慮なく書き上げている。

これはすごいことである。

ほとんど向上心もなく脳天気、ゆきあたりばったりの怠け者だけど、自意識だけはそこそこ発達していて、けっしてなりふり構わず自分をアピールすることは出来ないという女子高校生。

こんな主人公、現実生活ではしばしば見かけても、作りものの小説の中ではなかなかお目にかかれない。

ある程度才能があり、かつ自分に自信のある作家が自伝的青春小説を書く場合、たいていは、分別ある大人としての「バイアス」がかかるものである。

けっして主人公に、過去の現実そのままのイケてない自分を反映させたりはせず、どこかカッコよく書いてしまう。

当時自分が考えていたおバカなことなど、普通は隠蔽してしまうものなのである。

それに対し、群ようこさんは、徹頭徹尾リアリズムのひとである。

本書では、主人公シゲミは、巷間の「桃耳高校に入ったら必ず恋人ができる」という噂などまるで信用できないことを自ら証明し、高三のとき偶然減量に成功するも、結局彼氏のカの字も出来ないまま、卒業にいたる。

実に情けない。

ただ、ここで終わればシゲミはただのダメな女の子なのだが、大学浪人寸前のところで、最後のチャンスで受けた日大に(本人は僥倖といっているが)ちゃんと合格している。

彼女の仲良しの友人たちも大半は彼氏なしだが、自分の進路はそれなりに考えて、自立をめざそうとしている。

媚びを売っていいオトコをつかまえることだけが、女性としての「勝ち」ではないという確信が、彼女たちにはあるのだ。

ホームルームで男女の優劣を論ずるという、ナンセンスな論争があったときも、彼女たちはむしろ冷静で論理的、男どものほうが感情的で、既得権にしがみつく幼児性をさらけ出してしまっている。

彼氏のまだいないシゲミたちは、けっして「男から相手にされない」のではなく、男たちからは「くみし易くはない」と一目おかれていることが、このエピソードではっきり分かるのである。

つまり、「キャラクター」がここで「立った」のだ。

このあたりに、文章における「ナイ−フ派」と思われがちな群さんの、「技巧と見せない技巧」をしっかり感じた。

現役女子高校生が、だらだらと日記を書き続けているような展開だなあ…と油断していてはいけない。

プロは、どこかでちゃんとプロの「仕事」をしているものなのだ。

それから、本書の面白さは、当時の時事や風俗、流行の音楽など、懐かしネタがふんだんに盛り込まれているというところにもある。

ことに、シゲミたちの一年先輩には、のちに「四人囃子」としてプロデビューすることになるロックバンドのメンバーたちがいるのだが、オカイさん、モリゾノさんという実名で登場しているのだ。

モリゾノさんがバンド活動に本腰を入れるために、わざわざ他の都立高(武蔵ケ丘高らしい)から桃耳高の夜間部に転入してきた、などという、「プレ四人囃子」の興味深いエピソードが、少しではあるが披露されている。

また、グランド・ファンク・レイルロードの伝説的な「嵐のコンサート」、レッド・ツェッぺリン、エマーソン・レイク&パーマーの初来日コンサートを観に行った実体験なども書かれており、筆者も含めて70年代当時に思春期を迎えた人たちには、たまらなく懐かしいネタがいっぱいである。

この本を読むだけで、自分自身の30年前の出来ごとが、リアルに甦ってくることはまちがいない。

前編の『神様おねがい!篇』とともに、ぜひ一読をおすすめしたい。

2000年12月28日(木)

今年もついにあと数日を残すところとなってしまった。

この「NEST OF BLUESMANIA」をはじめて実質二ヶ月が経過したが、ここを立ち上げたのも、ひょんなきっかけからだった。

以前に無料BBSサービスをやっているポータルサイトを知って、これを使って仲間うちで掲示板をやってみようかと、試験的にBBSを作ってみたのだが、これがイマイチだった。

たちあげて一週間くらいすると、サーバーにアクセスできない状態におちいった。データはサーバーに残っているのだが、ページにたどりつけない。

何度作りなおしても、結果は同じだった。数ヶ月後には、このサイトじゃあ駄目、そういう結論を出さざるをえなくなってしまった。

そこで、他にあたってみたところ、10月なかばに、BBSのみならずホームページのほうも無料で作れるというfreewebというサイトをたまたま発見した。

どうせなら、BBSだけでなく、いろんなコンテンツも盛り込めたほうが面白いだろうと思い、利用を申し込むことにした。

それがこの「NEST〜」になったというわけである。

HPの作成に関しては、HTMLを以前に少しかじったことがあり、簡単なものなら作ることは出来た。

だが、ズボラな私は、一から作るよりは、他のホームページをずいぶん参考にさせていただいた。

というよりは、その骨組みを「拝借」させていただいた。

メニューのページなぞは、わかるひとにはわかるだろうが、某有名ライブハウスHPのメニューをもろにパクってしまった。

後で少し、アレンジは加えたのだが。まことに申し訳ない。m(_ _)m

最初からカッコいいもの、洒落たものを作ろうとすると、結構しんどい。

私の場合、あまりそれは考えずに、少しずつ良くしていけばいいや、という乗りで始め、今もその調子でやっているから、相変わらずの、どセンスである。

でも、背伸びしてもどうせバレるからね。これでいいのだ。

それにしても、もし最初の掲示板がそのままうまくいっていたら、今のようなかたちの「NEST〜」は、おそらく存在しなかったであろうし、これを読んでいただいている皆さんとの出会いもなかったことであろう。

つくづく、不思議な「縁」というか「運命」を感じる今日このごろである。

2000年11月29日(水)

わてが以前所属していた部署の後輩、I君が最近結婚した。

彼は入社10年目、32才の働き盛りである。

京都府出身、文武両道にすぐれ、会社の運動部活動でもマネージャーをつとめるなど、ひとの面倒見もいいし、酒のお誘いはまず断らないなど、いまどき珍しいくらい人付き合いのいいやつである。

唯一の弱点は酒を飲み過ぎ、ときにポカをやるということだが、それもまた、彼のチャームポイントになっている。

人間、万事抜け目なくどこにもスキのないようなヤツじゃ可愛くないってもんや。

そんなナイスガイなI君が結婚するということで、周囲も、ホント、わがことのように喜んだ。

わてもこの日、わての同期のM君(彼はI君と仕事上の付き合いがある)と一緒に、小規模なお祝い会をすることにした。

と言っても、行きつけの酒場でいつものようにベロベロになるまで痛飲しただけなんであるが。

酒場の女性は「新婚さんが、こんなとこにきて飲んでて大丈夫なのぉ?」などと冷やかすが、それさえも嬉しそうに笑いながら聞いているI君。

いやはや、本当にしあわせなんだなと思いましたね。

彼の奥さんは26才。でも、その年齢にしては、非常にしっかりした賢そうなひとである。6才年上のI君にもガンガン意見してくるそうな。

「いやあ、口じゃ絶対勝てないっすよー」と告白するI君。

でも、そういうふうに奥さんがツヨい方がうまくいくんだよと、わてもM君もフォローする(自分の家庭がそうだからか?)。

I君から聞いたところでは、奥さんもけっこう仕事で遅くなることがしばしばだという。つまり、大酒飲んで遅くなりがちのI君にも割りと寛大なようだ。

I君、ええひとと結婚したやん!

そのうち、I君は疲れが(何の?)出たらしく、その場で舟を漕ぎはじめた。

やはりいかなフィジカル・エリートなI君でも、30の坂にさしかかって、連日飲むのはキツくなったんだろう。

わてらは彼を無理に起こさず、その無邪気な寝顔を見て、にんまりした。

「I君、ほんとうにおめでとう」と。

〜不定期日記スペシャル「ケーブルTV回線でインターネット」体験記〜

2000年11月11日(土)

ついにわが家でも究極の「インターネット常時接続」にふみきることになった。

この南馬込の地にもケーブルテレビが導入されたのを機に、わが家も加入し、オプションサービスのインターネット常時接続にまで一気に行こう!というわけなんである。

すでに先々週の土曜にはケーブルテレビ受信が可能になっておる。その回線を流用して、インターネットにもつながるという仕組み。

勿論、ケーブルモデムというデバイスが必要になる。これはケーブルビジョンの会社から貸与される形となる。

午後、作業員さんがやってきて機器(2台で一式)の設置と調整。この調整に意外と手間どって、結局一時間くらいかかる。

問題はそれから。コンピュータの側の設定は利用者が全部やらないといけない。

勿論、サポートの電話はあるので、困ったらかければいいのだが、その日はあと二時間しか営業してないというので、あわてて作業にとりかかる。

マニュアルはもらえたので、これにそって各種の数値を入力すればいいのだが、結構手間がかかる。

IPアドレス、サブネットマスクアドレス、デフォルトゲートウェイ(ルータ)アドレス、ドメインネームサーバーアドレス、プロキシサーバーの設定などなど。

入力し間違えるとまったく接続できないうえに、最悪ほかのユーザーにまで迷惑をかけることもあるので、慎重にならざるをえない。

入力を完了、いよいよ接続である。すでにわが家のVAIO(OSはWin98)にはLANカードを装着済み。

再起動したはいいが、LANカードが正常に作動していませんとの表示が出てしまう。

原因は不明だが、諸設定を済ませる前にLANカードのインストールをしないほうが無難ということかも(自信はないので、鵜呑みにはせんといて)。

仕方なく、もう一度ドライバをインストールする。

で、ついに接続。WEBを見るに、実感速度はダイヤルアップの場合の3〜5倍という感じ。10Mbpsやからね。

パソコン本体にさらに二次キャッシュとか増設すれば、さらに描画速度がはやまりそう。

さて、次に接続にトライしたのは、わが家のもう一台のマシン、Power Macintosh4400。

もう二〜三世代前のマシンになってしまったが、これはこれで結構使えるマシンやで。

OSは8.5。購入時のメモリ32MBでは力不足だったので、64MBに増設してある。

すでに、Planex製のPCIバス用LANカードをA1スロットに装着して、正常に作動しておる。

まずはマニュアル通りにコンパネのTCP/IPを開いて、各種数値の入力。

で、迷ったのは、同じくコンパネのAppleTalkをどうするかということ。マニュアルにはなにもふれていないのである。

すでにサポート電話の営業は終了している時間で、火曜朝まで聞くことが出来ない。さあ、困った。

仕方なく、順列組み合わせを全部試してみることにした。

AppleTalkを使用・不使用×VIA(経由)の各選択肢×TCP/IPの中のIEEE802.3のチェックボックスのON/OFFという感じですべてを試したものの、ことごとく失敗。

頭をかかえこんでしまった。この日はここでタイム・アップじゃ。(泣)

2000年11月13日(月)

日付でおわかりのように、翌日曜も結局つながらなかった。

で、後はサポートに泣きつくしかないのかと思っていたら、月曜の朝、ピンとひらめいた。

AppleTalkは不使用にするべきなのだが、不使用の設定でもコンパネに置いておくだけで干渉を起こし、イーサーネットから直接TCP/IPにつながることを妨害するのではないか、ということ。

そこで、コンパネからAppleTalkを外し、同じくリモートアクセスも外し、さらに念のためアップルメニューのリモートアクセス状況も外した。

そうやってマシンを再起動し、ネスケを立ち上げてみると、見事一発でアクセスに成功!

これで有線による接続はWin・Macともに成功。今後は無線LANによる接続もためしてみようと思っている。

2000年10月31日(火)

会社の労組でイベント。青女部(こないだまで青婦部とよんでおったやつ)主催の決起集会を千駄ヶ谷のイタ飯屋「マンジャペッシェ」でやるとゆう。

わてはもうおっさんやきに、出なきゃいかんわけではないが、執行部に何人か知った顔がおるんで、冷やかしに行くことにした(ヒマやね)。

集会が始まった6:30過ぎ頃は、組合役員と新入組合員くらいしかいなかったのが、最後には100人を超す大盛況になった。

会場もさほど広くないのが、「すいてる感じ」になるのを防いでいて、逆によかったのかも。

特に女性部の出席率がものスゴい。当社に若い女性社員がこんなにおったんか!と驚く。

知らない顔も多いが、本当に社員か? とにかく、家族懇親会とはえらい違いや(笑)。

集会は途中までは淡々と、ご飲食ご歓談の世界だったが、新入組合員の自己紹介をやるあたりから妙な熱気につつまれ出す。

さらには、ゲストのお笑いコンビ「ホメゴロシ」が登場、新入組合員や執行部OBをとにかく無内容にホメてホメてホメまくる。

何がオモシロいのかよくわからんが、その迫力にただただ圧倒される。

最後に、ホメゴロシのお二人を司会に加えてのビンゴゲームで場内は最高潮に達する。

目玉のプジョー自転車は、新人女性のアサダさんがあっさりとゲットしてしもうた。古株社員には出番なしや (泣)。

集会は予定通り2時間で終了。いやあ、なんか普段オジイ社員ばっかり見慣れているせいか、ほかの会社のイベントに迷い込んでしまったよう。

まだまだ、熱いヤング・パワー(笑)がたぎっておるようで、社の未来は明るいわ(爆)。


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